その研修感想、本当に意味ある?スマホ回答型ファシリテーションに感じた違和感
会社のファシリテーションの一環で、エフェクチュエーションというセミナーを受けた。
内容自体は興味深かったが、最後の「感想の書かせ方」に強い違和感を覚えた。
スクリーンにQRコードが表示され、スマホでアクセスし、スライド上のツールにその場で感想を入力する方式。
最近の社内研修ではよく見る光景だ。
スマホで即時回答させる時点で察する「重要度」
正直、この形式を見た瞬間にこう思った。
「あ、これはそこまで重要なアウトプットじゃないな」
もし本気で、
- 深い内省
- 独自の視点
- 行動変容につながる考察
を求めるなら、このやり方はまず選ばれない。
重要な研修アウトプットであれば、
- 事前・事後課題
- PCでの提出
- 文字数指定
- 個別フィードバック
こうした設計になるはずだ。
スマホ即時入力という時点で、目的は「回収率」や「参加した感」にあると判断した。
研修の感想が似るのは、そんなにおかしいことか?
同じセミナーを、同じ時間、同じスライドで受けている。
印象に残るポイントが似るのは、むしろ自然だ。
それにも関わらず、スライド上で全員が見ている状態で、
「〇〇さんの感想とそっくりですね」
というコメントが出るのは、正直どうなのかと思った。
これは、
- 学びを深める指摘ではない
- 行動改善につながらない
- その人を目立たせるだけ
ファシリテーションとしては、あまりうまいやり方とは言えない。
形式は軽いのに、評価だけ重い違和感
今回、一番引っかかったのはここだ。
- やり方は「軽い」
- でも中身には「それなり」を求める
これは完全に、設計と評価軸のズレだ。
現場に置き換えるなら、
仮止め前提の治具で作業させておいて、完成品レベルの精度を求められる
ようなもの。
それは作業者の問題ではない。
効率を選んだ判断は間違いだったのか
正直に言えば、他の人の感想を参考にして、ChatGPTで表現を整理して提出した。
形式だけ見れば、グレーと言われるかもしれない。
ただし条件はこうだ。
- その場で即時入力
- 評価や査定に直結しない
- 深さを求めていない設計
この状況で、感想文に過剰な労力を割かない判断は、
仕事としては合理的だと思っている。
重要度に応じて、かける時間とエネルギーを変える。
これは手抜きではなく、業務の最適化だ。
そもそも研修の感想文にどれだけ意味があるのか
多くの社内研修で書かされる感想文は、
「学びを深めるため」
というより、
「組織を回すための潤滑油」
としての役割が大きい。
- 参加した証明
- 理解した形跡
- 場を締めるための儀式
それ以上の意味を、最初から期待しすぎない方がいい。
まとめ:違和感を覚えたのは間違っていない
今回の件を整理すると、こうなる。
- 形式から重要度を判断したのは妥当
- 効率を優先した判断も合理的
- 手段が少し雑だっただけ
大きく間違っていたとは思っていない。
このやり方を選んだ時点で、
そこまでの独自性や完成度を求めるのは後出しだ。
次からは、
- 既出意見をなぞりつつ
- 最後に一文だけ自分の業務文脈を足す
それで十分だと思う。